中学W



作・S





3月23日

島長高校の合格発表の日だ。

「緊張するか?」

井村が俺の横で言う。

井村は学校推薦で合格内定してるから気楽なもんだ。

俺は推薦を受けずに一般入試を受けた。

あまり行きたいとは思わなかったからだ。

だからといって、落ちたら私立にいくことができるわけでもない。

受かると思っているのでささやかな抵抗だ。

「忘れたか?俺が落ちるわけないだろ?」

軽く井村に言ってやる。

「そうだったな。・・・おっ、きたぞ。」

井村が正面をみて言う。

先生らしき人が掲示板を引いてでてきた。

それに群がる受験生たち。

途端に歓声が沸き起こりはじめる。

俺はその人々の間を縫って掲示板に近づく。

こういうときほど、目が悪いのが嫌なときはない。

なんとか文字が読めるところまで来て受験番号と照らし合わせる。

「0331・・・と。」

すぐに自分の番号をみつける。

2、3度番号を確認してから、人込みをでた。

「どうやった?」

井村がすぐに聞きに来た。

なんだかんだで気になるんだろう。

「落ちるはずがないっつったろ?」

「そうか!受かったか!」

井村は嬉しそうに声をあげる。

それから俺たちは同じ学校の奴の合否を確かめてから高校を後にした。



「葵ちゃん、受かったよ!」

たまたま庭先に出ていた葵に言う。

「まあ、本当ですか?!」

葵は顔をほころばせた。

「もちろんさ!!」

「よかったですわね!」

葵は自分のことであるかのように喜んでいる。

俺はそんな彼女と散歩に行くことにした。



「本当にすごいですわ!あの島長高校に受かったんですもの!」

「はは、全然凄くないって。だれでも受かれるよ。」

「そんなことないですよ。だって、現に落ちた方もいらっしゃるじゃないですか。」

「う〜ん・・・運が悪かったんだよ。多分。」

「本当ですか〜?」

「本当だよ。そうじゃなかったら、努力って言葉が要らないななあ。」

「努力・・・ですか。」

葵と俺はお互いに笑いあった。

俺たちは公園までやってきた。

やはり、歩道の段差などに車イスはとられてしまう。

まだまだバリアフリーが行き届いていない証拠だ。

バリアフリーを謳う国なんだからちゃんとしてほしいな。

干拓事業とか他国への援助とかの無駄遣いはしやがるくせに。

他国に援助する前に自国から何とかしやがれってんだ!

「差別・・・か。」

俺は小さく口にだした。

「不思議ですよね。人はみんな平等なんていってる人がいるんですから。」

「葵ちゃん?」

「洋邦さん、そう思いませんか?」

葵ちゃんが俺の方を向いた。

小さな雫が葵ちゃんの頬に流れている。

「平等って、なんですか?チャンスですか?チャンスだけ平等に与えられても、それを上手く生かす確率は普通の人が上じゃないですか!境遇が平等なんですか?だったら、私と同じようにみんな歩けない状態になってくれるんですか?みんな嫌がるでしょう?」

彼女はいつの間にか大きな声で叫んでいた。

道行く人がこちらを振り向き、バツの悪そうな顔でそそくさと去っていく。

「なにが平等なんですか・・・」

ひとしきり言い終えたのだろう。

彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いた。

俺は彼女が泣き止むまでまち、そしていっしょに帰った。



葵ちゃんの家に着き、彼女をお母さんに任せる。

そして、俺は家を出た。

茜が俺を追ってきた。

妙だ。

家には茜はいないようだった。

「茜?」

「話、聞いてたわ。」

「そう・・・か。」

茜は後をつけていたということか。

考えてみれば俺と茜は同じ高校を受けたのだ。

同じ場所にいても不思議はない。

まあ、なぜ話しかけてこなかったのかは不思議だが。

「私、初めてだわ。」

「葵のあんな姿をみるのがか?」

「それもだけど・・・あの子の本心を聞いたのが。」 俺の中に先程、葵が言った言葉が思い出される。

「平等にはなれない―ってやつか?」

「そうよ・・・あの子がそんな風に思っているなんてね・・・」

茜はふと寂しそうに顔を下に向ける。

「仕方ないさ。葵は葵で悩みがある。」

「そうね・・・」

俺は少し考えた。

大なり小なり、彼女は茜に対して劣等感を持っているはずだ。

俺も兄に対して強い劣等感を持っている。

兄姉に対して弟や妹は劣等感を抱いてしまうものなのだろう。

「彼女は今まで自由に外に出れなかったんだろう?だったらお前に憧憬、もしくは嫉妬にも似た感情を持っていても不思議じゃないんじゃないか?」

「・・それは私もよ。」

茜の言葉が俺を困惑させる。

「お前も・・・?」

姉も妹に対して劣等感をもつのだろうか?

・・・だとしたら、兄弟というものは異常な関係と言える。

「ええ。」

茜は何故か私を見据えてはっきりと言った。

「私は、あなたのことが―」

「待て!」

俺は咄嗟に茜に対して大声で言った。

少し、続く言葉が予想できたからだ。

信じられないが、茜は俺が葵に対して持っている感情を俺にもっているようだ。

「待ってくれ・・・」

「洋邦?」

「続きは言わないでくれよ・・・聞きたくない。」

「どうしてよ?」

茜が納得のいかない顔で言う。

「その言葉を聞いても俺にはどうしようもないだろう?」

「そうかもしれないわね。でも、私も今言わないとどうしようもないわ。」

俺は少し間を取った。

そして茜を射抜くように見る。

「俺を惨めにしないでくれよ。お前が満足しても、俺は自己嫌悪に陥るだけだぞ。」

軽く茜が溜息をつく。

落胆の色が強い。

「人間なんて自己満足できればいいものでしょう?」

そういってから、彼女は軽く空を見上げた。

「まあ、洋邦がそう言うんなら諦めてあげるわ。その代わり―」

「その代わり?」

俺は茜に続きを促した。

「あなたの好きな…いえ、愛している人を教えて。」

「愛している…ね。」

俺は茜の言葉を復唱する。

「わかっているだろう?」

そう。

わかっているはずだ。

「それでも、あなたの口から聞きたいのよ。」

改めて俺の口から聞きたいとな?

そうでなくては諦められないということか。

「わかった。いうよ。」

俺は大きく深呼吸をした。

そして茜を見据える。

「俺の…俺の愛している人は葵だ。」

「そう…よね。」

そこはかとなく茜は残念な顔をした。

言葉からは俺の答えがわかっていたように感じられるが、どこかで違う答えを期待してたんだろうか?

「すまん。」

どうしたらいいかわからなかった。

とりあえず頭を下げた。

多少の間が空き、茜の拳が俺の頭をこづいた。

「コラ!あなたは惨めになるのが嫌だったんでしょ?だったら私を惨めにしないの!自分がされて嫌なことは他人にするな!でしょ?!」

「ああ。そうだな。」

そう言って俺は茜に微笑んで。

心の中で『ありがとう』と言う。

なにに対しての『ありがとう』なのかは、自分でもよくわからない。

ふと、これからどうなるかが気になった。

葵は俺を嫌っているのだろうか?

嫌われてはいなくても、好きではないかもしれない。

俺は葵にとって、初めての男友達ってだけなのかもしれない。

・・・

そういえば・・・願えば叶うってだれかがいってたな。

俺は彼女の傍にいたい。

恋人としてでなくとも

愛された者でなくとも

彼女を愛している一人の男として。

俺は彼女の傍にいたい。

俺の人生でたった一つ意味があるならば、これがそうなのかもしれない。

今の俺にとって

彼女はすべてとなってしまっているのだから…





掲載 中学編第一話:2006/01/14     中学編最終話:2006/09/







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