中学U



作・S





「ん…」

小一時間ほどしてから、サハユォルが目を覚ます。

「おっ、起きたか。随分気持ちよさそうに寝てたぞ。」

「私…」

首をかしげる仕草が妙に艶めかしい。

「疲れてたんだろうな。まあ、ゆっくりできたってことだろう。」

俺は出かける準備をしていた。

グローブ、ボール、バット…

野球をするのに必要な道具だ。

「おっし、準備OK!」

「どこか、でかけるのですか?」

「ああ。ちょっと、友達のところにな。サハユォルもくるか?」

「よろしいのですか?」

「ああ。遠慮しないでいいぞ。」

…というよりも是非とも来て欲しいんだよな。サハユォルについて話すわけだし。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて付き従いますわ!」

サハユォルは嬉しそうに言った。

同時に俺の胸が大きく跳ね上がる。

不覚にもかわいく思ってしまった。

このような状態ではいかんな。

曲がりなりにも、ガキじゃねえんだから…

「ああ。そんな大袈裟なもんじゃねえのに…」



「おう、高橋!バットもってくんね?」

「まあいいだろ。ほれ、はよ渡せ。」

「ほい。」

「重っ!!なんだこのバット!?」

「俺特製のマスコットバットだ!」

「そんなもん持ってくんな!っつうかつくんな!」

「はっはっは!」



根本の家に着く。

根本の部屋にそのまま入ることもできるが、犬がいる。

俺は犬が嫌いだ。猫も高い所も。

…ついでに女も。

よって正面玄関から入っていく。

キィッ…

「お邪魔しま〜す。」

家の中へと入って行く。

そのまま部屋へ向かう。

キィッ…

「元気か〜?」

俺は部屋のドアを開けた。

部屋はまだカーテンがしめてあり、毛布にも膨らみがある。

「お〜い、起きろ〜もう、日はかなり高いぞ〜。」

俺は軽く揺すってやる。

しかし、こんなことでは起きない。

「起きろ!!」

少々、語気を強めて言うと根本は目を開けた。

「なんだよ〜こんな天気のいい日はのんびり寝てるのが一番なんだぞ〜」

「なに駄目発言してんだよ!いいからさっさと起きろ!」

「チェッ、駄目人間でいいのによ〜」

ぶつぶつ言いながら根本が起き上がる。

チラリとサハユォルを見た。

「その子か?」

「そうだ。どうにか一週間隠したい。」

「親は、大丈夫なのか?」

「それをお前が心配するのか?」

「・・・愚問だったな。」

根本は大きく溜め息をついた。

「一週間だろ?それなら大丈夫だ。お前が学校に行ってる間は俺がついててやる。」

「まあ、夏休みだしな。お前が出てても大丈夫か。」

「そういう事だ。」

俺はサハユォルの方をみた。

「サハユォル、いまから家に案内してくれないか?」

「え…いまからですか?」

「そ、いまから。」

「よろしいですけど・・・いまから野球をされるのでは?」

「ああ、予定が変わったんだ。野球はまた今度だな。」

「そうですか。」

「じゃ、行くか!」

いつの間にか寝巻きから普段着へ着替えていた根本が声を上げる。

「そうそう。決まったら早く行こうぜ。」

高橋はすでにドアの前に立っていた。

「行くか、サハユォル。」

「はい!」

俺はサハユォルの手を引いた。



「ここか・・・」

「意外と学校から離れていないな・・・」

俺たちはサハユォルの家の前に立っていた。

そこは俺がサハユォルと出会った公園からそれほど離れていなかった。

公園でのことを思い出したのか、公園の前を通ったころからサハユォルは微かに震えていた。

「サハユォル・・・」

たまらずサハユォルに声をかけた。

「大丈夫です・・・大丈夫ですよ・・・」

そのサハユォルの言葉が痛々しくて・・・

俺はサハユォルを両手で抱いていた。

「俺の間違いだったらすまんけど・・・泣くのを我慢するなよ。泣くのを我慢してちゃ・・・いつまでも苦しいまんまだぜ・・・」

サハユォルは声を上げて泣き出した。

俺の服にその証が染みを作っていく。

犯人は誰だろうか・・?

今、考えられることはそれだった。

一人の少女に一生消えないほどの傷を残し、のうのうと暮らしている奴のことを・・・

警察に捕まればいい。

そんなことは考えられない。

警察に捕まったらそれこそ軽い刑罰ですんでしまう。

じっくりといたぶった上で殺してやりたい。

生きることで罪を晴らさせたい?

そんなことができる奴ならこんなことはしない!

よしんばしたとしても、逃げるなど有り得ないだろう!

さながら神の前で罰を待ち震える信者のようになっていることだろう!

こんなふざけたことをする奴なのだ。

男と女がお互いに求め合うのは自然の摂理とか思っているに違いない。

馬鹿だ。

実に馬鹿だ。

それでは唯の野生ではないか!

いや、野性にすら劣る。

本当にそんなことが有り得るのか?

それでは何故、結婚の制度がある?

何故、同姓の結婚を許している国がある?

何故、生殖不能の男や女が結婚する?

そこにはそのような摂理がないからだろう?!

ふざけている。

実にふざけている。

そんなふざけた奴らがこのような人を作り出す。

今、俺の腕の中で泣いている少女のような人を・・・

俺はサハユォルを抱きしめる腕を強くした。



一週間はすぐに過ぎた。

サハユォルは一週間の間、ずっと元気だった。

だが、一人にはなれなかった。

これも強姦による傷だろう。

犯人を捕まえることはできなかった。

今もまた、サハユォルみたいな人が増えているのかもしれない。



約束の日。

事情を知らないサハユォルをつれて、外港へと向かう。



今日の俺は・・・彼女にとって、犯人と同等の人となってしまうのだろうか?



「こんにちは、小田切さん。」

白髪がまじった髪をオールバックにし、黒いスーツを着ている男性に話しかける。

「ああ、こんにちは、松尾君。その娘かな?」

「はい、そうです。ですが、説明をしていませんので・・・少し時間を頂けませんか?」

そういうと、彼は柔和に微笑んだ。

「いいよ。しかし、時間のこともあるからね。最大でも30分だ。」

「十分です。」

俺は頭を下げ、サハユォルの方を向いた。

サハユォルは何が何なのかわからないといった表情をしている。

「理解してくれとは言わない。許してくれとも言わない。ただ、話させて欲しい。俺はお前に何も言ってなかったから。」

「・・・わかりましたわ。」

「ありがとう、サハユォル。催眠治療を得意とする人があの人の知り合いにいるらしいんだ。そこで、治療を受けさせてもらえるように頼んでおいた。今日からそこへ向かうことになる。」

サハユォルはずっと俺の目を見つめてきている。

そして、口を開いた。

「ここでの記憶は?」

「わからない。俺らと過ごした記憶は消えるかもしれない。だが、あの日の記憶は間違いなく消える。」

「一つ確認させてください。これは、私の為に?」

「…ああ。」

その言葉をきくと、サハユォルは俺の目を見るのをやめた。

「わかりました。ありがとうございます。」

もう一度、俺を見た目には諦めが浮かんでいた。

何に対する諦めなのだろうか?

俺にはわからない。



サハユォルが船に乗り込んでいった。

「気分はどうかね?」

「最悪の気分です。」

「本当によかったのかね?」

「いいんですよ。これが彼女のためなんです。」

「ほお?彼女は君を愛しているようだったが?」

「例え彼女が愛していたとしても、私は愛していませんでしたよ。」

「ふむ。」

「それに…」

俺は言葉を切った。

そして、小田切さんの顔をみる。

「それに?」

彼は私に続きを促した。

「僕には愛なんて言葉、言えませんよ。愛に縛られてしまいますから。」

「では、君は愛したことなど無いと?」

「ええ、人を好きになったことはあっても愛したことはありません。」

「好き、かね?」

「ええ。あなたや彼女、それに鈴歌は大好きですよ。」

「では、彼らは?」

小田切さんが入り口の方へ目線をやる。

そこには根本と高橋が居た。

「彼らは…仲間です。」

「そうか。」

俺は2人の方へ歩き出した。

「私はね…」

小田切さんが船の方を見ながら、俺に聞こえるように言う。

「大好き、も、一つの愛の形だと思うよ。」

俺は振り向かずに歩き続けた。

何かの本で読んだ言葉が心に浮かぶ。

(愛は幻。友は夢。闇は真実。)

「元気でな。サハユォル。」

俺は小さくそう言い、手を挙げた。

船はまもなく出港していくだろう。







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