9、圧倒
作・S
「この夏の甲子園大会でこのような結果が出ると誰が予測していたでしょうか?準決勝第一試合は初出場校同士の対決!!長崎・島長高校 対 南北海道・聖クラリス学園です。」
「ついに始まったか…」
神藤は小さく呟いた。
「ああ。これを入れて、あと三試合の間だけか…」
甲子園にいられるのは。
山崎がそう続けた。
「緊迫した投手戦が続いています。1年生エース新が剛球でクラリス打線を抑え込めば、2年生エース若小道は変化球で島長打線を翻弄します。お互いにチャンスを作ることができません。」
「あの1年…なかなかの投手だな。うまくいけば完封できるぞ。」
柿本が生来に話しかける。
「さあどうかな?仮にもあの松尾が関わっているらしい高校だ。そう簡単にクラリスは終わらんと思うぞ。」
「賭けるか?」
「いいぜ?完封されたらなにか言うことを聞いてやるよ。」
「決まりだ。」
二人は笑いあって再びグラウンドへと目を向けた。
「1対1!!この試合は緊迫したまま延長戦へと入ります。」
「予想通りだな。このまま進めば、クラリスが負けるだろう。」
松尾が試合を見ながら呟く。
「そうか。なら、そろそろウォーミングアップをやめようぜ。流石に控え室に行ったがいいだろ。」
「そうだな。そうしよう。人目も気にならなくなってきたところだが…」
松尾が名残惜しそうに言う。
「いや、恥ずかしいよ。なんでこんなとこでこんなウォーミングアップせにゃならん?」
「怪我しないようにだ。ストレッチは長いほうがいいからな。」
「わかったよ…」
SM学園の3年生は走って控え室へと向かった。
「2対1!延長15回、小倉が決めました!クラリス学園・若小道のパームを見事にレフトスタンドへ放り込みました!あざやかなサヨナラホームランです!泣いています、両校の選手が明暗分かれて泣いています…!」
「勝っちゃったな…新達。」
「ああ、俺らも決勝に行かないとな。」
神藤と山崎はお互いに頷いた。
「準決勝第二試合・北北海道・SA学園 対 横浜・青柳学園が、今、始まります。どのような試合になるんでしょうか?注目しましょう。」
「竜一、思いっきりこい。いつもみたいに全部とってやるからよ。」
「わかったぜ。さっさと終わらせて、街に女を引っ掛けに行こう。」
「腰砕けにされんようにな。」
「おいおい…俺を誰だと思ってんだ?相手を腰砕けにすんよ。」
「ははは、そやな。悪かった。」
俺と竜一は笑いあい、守備位置へと移動した。
「プレイボール!!」
主審の手が挙がり、試合開始が高らかと宣言される。
ど真ん中へのストレート
ズドンッ!
速いし、なにより重い。打者は腰がひけている。
所詮、この程度か…
俺はストレートだけを竜一に投げさせ続けた。
腰がひけていては当たるものも当たらない。
ただ、凡打の山ができるだけ。
案の定、三人で攻撃終了。
今度はこっちの攻撃だ。
相手は光佑…俺の従兄弟。
正直、ここに来るまでの投手になってくれて嬉しい。
最後にあってから2年と半年が過ぎている。昔話をしたいもんだ。
そんなことを考えてるうちに攻撃終了。三者凡退。
ふと、その結果に満足している俺がいた。
4番はストレートに三振して5番になった。
5番は水田。
「久しぶりだな。光佑。元気だったか?」
「まあまあだよ。洋邦兄ちゃんこそ元気だった?」
「ぼちぼちさ。後で、ゆっくり話そうぜ?いろいろ話してやりたいことがあるんだ。」
「いいねそれ。僕もいろいろと聞きたいことがあったんだよ。」
「じゃ、決まりだな。試合…はじめるぞ?」
「うん。打ってみせるよ。」
「どうかな?あいつの球は重いぜ?」
4番までと同じ球
光佑はフルスイングした。
打球はポールをそれてファールとなった。
「重いね。ファールになっちゃったよ。」
光佑の目は笑っていない。
「あれだけ飛ばせりゃ合格さ。きちんとしたリードを見せてやるよ。」
内角に食い込むシュート
これは見せ球だ。曲がりの切れが悪く、当てられてしまう。
案の定、ファールにされた。
三球目は竜一の最も良い球だ。
ズドンッ!!
光佑のバットは空を切った。
「洋邦兄ちゃん…今のは…なんて球?」
「そうだな…流れ星―フォーリングスターだ。」
「ありがとう。覚えておくね。その魔球。」
光佑の勝負は楽しめたが、あとの奴らが不甲斐ない。
まさに、光佑一人の力でここまで勝ちあがってきたチームだな。
六番を三振に仕留め、打席に入る。
一球目はストレート
パンッ!!
なるほど。速さは十分、重さは並以上か。
これなら、うちの打線もある程度抑えられるだろう。
変化球も見ておきたいが、打ちやすい球は打つようにしよう。
内角へのストレート
腕をたたみ、シャープなスイングをする。
狙うのは点と点の結合―すなわち、球の芯とバットの芯を合わせる。
キインッ
少し下にずれたが仕方がない。
レフトへのホームラン
試合はこの調子で進んだ。
八回には3対0となった。
始めて光佑がヒットを打ったが後続が続かない。
「ゲームセット!!」
竜一のストレートが俺のミットにおさまると同時に主審が大きく手を挙げた。
みると、青柳学園の奴らはみんな泣いている。
そんななかで、光佑だけは俺を見ていた。
目には涙を流しながら、それでいて挑発するかのように。
さながら挑戦状を叩きつけているかのように…
「楽しくやろうぜ…野球なんざただの球遊びじゃねえか…」
唇を噛み締めながら…俺は、いつの間にかそう呟いていた。
この日ばかりは、何度も見てきた相手校の泣き崩れる姿が俺の心を締め付けた。
「やっぱ凄いな、先輩たちは。」
「まったくだ。あの人達が同じ高校生だなんて信じられないぜ。」
俺と山崎はぼやきながら帰りのバスに乗り込んだ。
「とうとう明日だね。」
「ああ。俺らの出番はないと思うけどな。」
俺と千里は夕食後にロビーでゆっくりしていた。
「それじゃ困るよ〜」
「なんで?お前はべつに困らないだろ?」
「え?でも、約束が…」
「あ…」
思い出した。
千里とは約束してたんだ。
「そうだったな。じゃあ、明日を楽しみにしてろよ。」
「楽しみにしちゃっていいの?」
「いいよ。楽しみにしとかないと約束破ったときに面白くないだろ?」
「もう!悟のバカ!」
千里は怒ってどこかに行ってしまった。
「がんばらないとな…千里を泣かせちゃいけない。」
俺はそう決意して部屋に戻って日記をつけた。
そして、眠りにつく。
明日のことを考えながら・・・
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