1、捕手へ



作・S&M





「明日は…雨かな?」

放課後の屋上で空をみあげる。

俺はこの時間が好きだ。

HRと部活の間の少しではあるが気持ちを落ち着けることができる。

「あの…神藤くん?」

まただ。

俺の時間を邪魔する声がする。

「部室に行かない?」

上目遣いに声をかけられる。

「・・・またあんたか。」

ここのところ俺に話しかけてくるこの女性は高校に入って出会った同い年の友達である。

最初の頃は違うクラスだからお互い知らなかったが部活が一緒で今にいたる。

「いいじゃない…別に…それに同じ1年なんだから神藤くんも働かなくちゃいけないんだよ?」

確かに部活は今、人が足りない状態である。

「なんで野球なんかにはいったんかな?」

聞かれないようにひとりごちる。

2年前できたばかりの高校だが甲子園で二連覇中。

選抜も入れると六連覇中だ。

そのおかげで学校側から多くの補助を受けているのである。

「早く行かないと松尾キャプテン達が補習終えて来ちゃうよ。」

仕方がないのでグラウンドへと足を向けた。

手っ取り早く野球のユニホームに着替えて道具の準備にとりかかった。

グランド整備は昼休み中にやるのがこの高校の規則みたいなものだから道具の準備しか必要ない。

放課後の準備はそれなりに早く終わる。

それなのに3年の先輩でちゃんと働いているのは総将先輩ただ一人。

「先輩、準備は僕達がやるんで休んでて下さいよ。」

「いやいや、1年だけ働かせるわけにはいかないっしょっ!」

これは先輩のお決まりのセリフである。

そんな先輩が言うセリフが俺はかなり好きだ。

それに引き換え部室の中ではエースの西田先輩が女と遊んでいる。

「総将先輩、西田先輩また女かえてませんか?」

総将先輩に小声で尋ねる。

先輩がネットを動かす手を止める。

「ああ、前のは飽きたらしいよ。まったく羨しい奴だよな!」

笑っていた。

総将先輩はいつも笑っていてはいるんだけど、哀しんでいる笑顔だというのはまるわかりだった。

「先輩だったらいつかいい人見つかりますよ。」

「ありがとっ、そんなこと言ってくれるは神ちゃんだけだよ。」

だいたいいつもこんな感じのやりとりをしている。

まあ、仲のいい部活だ。

「おっす、準備できてるか?」

キャプテンが補習を終えてやってきた。

上位クラスなので毎日特別補習があるのである。

「キャプテン、西田先輩がまたやってます。」

キャプテンの顔が一瞬強張った。

「またか、たくよ〜」

笑顔を見せながら部室へと近付く。

しばらくすると西田先輩を連れて帰ってきた。

西田先輩は少し不服そうな顔をしている。

「そういやよ総将、手紙預かって来たぞ。1年の方尾ってのから」

「はい?方尾ちゃんから?」

「なんで神藤が返事するんだ?」

方尾っていえば、同じクラスの女子だったよな・・・部活が違うのになんで知っているんだ?

そう思った瞬間、俺の後ろからなんとも明るい声が聞こえてきた

「せんぱ〜い、にくいねっ!このっ、有名人!」

こんな感じに先輩であろうとからかうこの1年は[山崎海渡]って名前で俺の小学校からの腐れ縁であ る。

「なぁ、なんで有名なんだ?」

「はぁ?お前知らないのか?ふっさんはなぁ、この学校じゃぁバカのうえに伝説が出来ているんだ ぞ!忘れたのか?」

ああ、そういえばいろいろと聞いたことがあるきがする。

俺はすっかりそのことを忘れていた。

「はいはい、いい加減練習するぞ。」

キャプテンの声がして話をやめる。

「1年は素振りと キャッチボール。3年は3人ずつわかれてキャッチボールと打撃練習だ。」

みんな指示を受けて散らばりだす。

「神藤ちょっときてくれ。」

グラブをもってキャッチボールを始めようとしていたら呼ばれた。

「なんですか?キャプテン?」

何かのファイルを持っているキャプテンに話かける。

「神藤、捕手をやってみないか?」

「捕手ですか?」

ポジションは特に決めていなかった。でも捕手は一回もやったことがなかった。

「なんで…」

「?」

「なんで俺なんすか?捕手だったらまっさんが一番いいじゃないですか!」

まっさんは本名は中嶋雅明で、総将先輩がまっさんと名付けたのである。

ポジションは捕手志望で打率は1年の中で一番高い人だ。

そんなまっさんをさしおいて俺が捕手になるのはあまりにもおかしすぎた。

キャプテンは溜め息をつき

「神藤、捕手には打撃よりもセンスがいるんだ・・・人を判断する、な。見ている限りではお前にはかなりのセンスがある。」

センス…自分にそんなものがあるとは思わなかった。だがしかし…

「まっさんはどうするんですか?」

キャプテンはファイルを捲り

「あいつは…肩が強いし足もある。外野に回して総将に面倒をみさせよう」

総将先輩は努力だけであそこまでの選手になったって聞いた。

なんでも中学の時は陸上部だったらしいが、かなりの努力をしてもレギュラーに入れなかったらしい。

それでも努力を重ねて今では高校生の中ではかなり上手いほうである。

そんな先輩だったら安心は出来る。

でも…

「少し時間をください。」

「わかった…明日までに決めてくれ。」

俺はキャプテンに背を向けてグラウンドへと戻る。

「神藤が捕手を断ったら、誰を捕手にするかな…」

松尾は頭を掻き、ファイルを置くと練習へと向かった。

俺がグラウンドに行くと神岡那智が暇そうにしていた。

「何してるんだ?神岡?」

神岡は緩慢な動作でこちらを向いた。

「松尾先輩がいないんだよ〜。今日こそは一緒に練習しようと思ったのに〜!!」

そうだった。こいつはいわゆるゲイという奴だったんだ。

ただの友達でいれば本当にいい奴なんだけど…ね。

「ハイハイ、わかったわかった頑張れよ…」

野球部の間ではこのことかなり面白がっている。

んじゃっ、そろそろ練習でもやるか。

俺はキャプテンの言った練習メニューをやり始めた。

校舎に取り付けられた大時計が七時を指すと、キャプテンが部員を召集した。

「今日の練習はこれまでにする。明日は朝から練習試合を行うことにした。相手は聖クラリス学園だ。1年を先発でだすからそのつもりでな。」

聖クラリスって女子校だったと思うんだがな〜?

すると中嶋が異論をあげた

「キャプテン!そこは女子校だと思いますが?」

キャプテンは眼鏡を光らせて

「そうだ。先程正式に申し込みをうけた。女子高だと思って甘く見ない事だ。おそらく、お前達よりも力 はあると思うぞ。他に質問は?」

キャプテンの声が響く

だれも言葉を発するものは居なかった

「では解散。」




「大変だね。」

俺の隣で小さい声で千里が話しかけてきた。屋上で話しかけてきた女子である。

「それとも相手が女子だから、嬉しい?」

「あのなぁ、嬉しいわけないだろ、聖クラシス学園の野球部って、ゴリラみたいな女しかいないだろ? かわいいのは陸上部ぐらいだって山崎が言ってたぞ。」

山崎の女子の調査情報はかなり信用できる。

「えぇ〜、そんなことないよ。あそこの学校は可愛い子が多いんだよ。え〜と…美里ちゃんとかね。今 度紹介してあげるよ。」

かわいい…ちょっと期待してしまったが女子のかわいいは信用できないというのがある。

「何を言っている、神藤?」

後ろからいきなり声をかけられて、振り向くとキャプテンがいた。

「聖クラリス学園は美人ばっかだぞ。ついでに言うと校則が厳しいから化粧、アクセサリーの類い、髪などをそめることを禁止されているんだ。」

俺はキャプテンの言葉に驚いた。

「山崎でもまちがうんですね〜」

キャプテンは眼鏡を外して拭きながら

「多分、警備員を見てたんだろう。あそこはいろいろと間違いが起るのを防ぐために出入りする人は全て女にしてるからな。…まあ、多少例外もあるがな。俺たちが行ける事は凄いことなんだぞ。」

「へぇ〜今時、凄い所もあるんですね。」

俺はキャプテンの言葉に素直に感心した。

「…ん〜…かわいいとかは別として明日は頑張るのだぁ〜!!」

山崎が突然現れた…

「ハハハッ、そう!頑張らなくちゃいけないな。いいこと言うなぁ山崎は。」

「のはははっ、もったいないお言葉ですがな、お・や・びん!、んじゃ行こうか、神藤!」

「ん?お…おう。」

その日の帰り道、俺は山崎と一緒に帰った

「山崎…お前でも女子の情報に対して間違うんだな。」

「ひどいなぁ、潜入調査までしたんだぞ。ありゃぁ〜何か企んでいるね…おやびん。」

「…ハイハイ…」

「あぁ!信じてねぇだろ!お前!」

当たり前だった

それから、他愛のない話をして2人と別れて家へと向かった




家につくと家の前で女子が待っていた。かなりの美少女だ

「どうしたんですか?」

話かけてみる

「あ、すみません。神藤悟と言う方を待っているのですけども…」

いきなり俺の名前が出てきてビックリした

「それは僕のことですけど…どこかでおあいしましたか?」

「いえ、お会いしたのははじめてです。ところで松尾さんから何か言われませんでしたか?」

いったいどのことを言っているのだろうか?

というか、なんでキャプテンを知ってるんだ?

「ええっと・・・そうそう、捕手をしてみないかといわれましたが?」

「その話引き受けてくれませんか?」

「はい?」

「松尾さんから頼まれたわけではないんですけど…あの人の話を聞いていると今一番必要なのはい い投手でもなくいいバッターでもなく貴方のような気がするんです。」

話を聞いていると?

キャプテンの彼女か?

「…明日の試合…私たち、負けませんから。」

「えっ?聖クラリス学園の方ですか?」

「申し遅れました私の名前は小田切一葉。聖クラリス学園の副キャプテンをしています。」

山崎の言ったことはやはりガセネタだったのか…

「失礼ですが…キャプテンとはどのような関係ですか?」

彼女は微笑んで

「私たち女子が甲子園を目指すことができるように尽力を尽くして戴き、その繋りで今お互いに連絡 をとりあっているだけですわ。」

彼女ではないようだ

キャプテンがそのようなことをしていたとは知らなかった

「だったら…明日の試合捕手としてでれるようにキャプテンに頼んでみます。」

小田切さんは微笑んで

「お願いしますわ。それでは御機嫌よう。」

極上の笑顔を残し彼女は走り去って行った


その日の夜、小田切さんが美人だから部員はどれくらい美人なのかといろんな妄想にふけった すると山崎のある言葉を思い出した

(ありゃぁ〜、なにかたくらんでいるね…おやびん)

「まさか…ね。」

俺はそこしれぬ不安をおぼえた

キャプテンの企みって小田切さんの事か?

いきなり家にいたし…

「考えても仕方ないか、えっと…ラジオ、ラジオ♪」

俺の日課は毎日ラジオを聞きながら日記を書くことだ

恥ずかしい話小学3年生からずっとだ

でもラジオにハマったのは高校に入ってからで、総将先輩から勧められたからだ








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