「我々人間というものは馬鹿だから、足元に転がっている幸運は見過ごしてしまう。そして、手の届かないようなものばかり追い求める。」
―Πινδαρος





彼女だから知れたこと



作 S


紅い霧を出して欲しい。

夜中に寝床(といっても図書館だが)に押しかけていう言葉がこれだ。

寝起きの頭では理解できない。

とりあえず、私に覆いかぶさるレミリアを退けさせて体を起こした。

「レミィ、もう少し詳しく説明して頂戴。」

「・・・そろそろね、博麗の巫女も鍛えないといけないでしょ?」

ああ、成程。

あのスキマに軽い騒動でも起こしてくれと頼まれたのか。

素直にレミィが承知するとは思わないけど、何か交換条件でもあったのだろう。

「今から?」 「ええ。目が覚めるといきなりっていうのもいいでしょ?」

「そうね。」

私はレミィの助けを受けながら準備を行う。

それにしても紅い霧か。

発生源が紅魔館とわかれば人里のものは家から出ようとも思わないだろう。

なんせレミィは吸血鬼である。

もしも同胞の血だったりすれば・・・なんて恐怖心を煽るにはうってつけだ。

やってくるのは怖い物知らずか騒動の収め役なんかの人から離れた存在くらい。

スキマが頼んだんだから妖怪はやってこないだろう。



大方の予想通り、命知らずの白黒と博麗の巫女がやってきた。

美鈴が予想外に早く負けたが、彼女は弾幕ごっこが苦手だから仕方ないだろう。

それにしても、わざわざ美鈴が弾幕ごっこで相手をしているのだから、レミィが巫女をわざと誘き出したのは間違いない。

やはり、スキマと共謀しているのだろう。

でなくてはこんな無意味なことなどやらないはずだ。

う〜ん、交換条件が気になるわね・・・外界のお酒でも頼んだのかしら?

あのスキマは東洋系が好きみたいだけど、レミィや私は西洋系の方が合っているからどんなものを持ってくるか楽しみだわ。

「パチュリー様、もうお客様がやってきますよ。」

右手に持っていたティーカップを小悪魔に取られ、思索を中断する。

「そう。じゃあ、あなたは隠れてなさい。」



霧を止ませ、騒動客が帰った夜。

私は眠れず、窓から空を見ていた。

星が、月が、私の高ぶった心と身体を冷やしていく。

きっと、眠れないのは久しぶりに弾幕ごっこをなんかをやったせい。

だから私は身体を冷やし、心を静める。

「パチュリー様」

声のした方を見ると、美鈴が立っていた。

月に照らされて存在を際立たせる髪、月影に隠れながらも光る瞳と輪郭、母性すら感じさせる成熟した女性の肢体。

その様は月下の美人と呼ぶに相応しい。

「お嬢様がお呼びです。」

美鈴から手が差し伸べられる。

私が、その手を取る。

その様は幻想的で、寓話のようで・・・



「珍しいわね。」

紅魔館のすぐ近く、氷精の住む湖の辺。

ナイトティーを楽しむのに使うテーブルと、イスが3脚。

そこまではいつもと変わらない。

だが、今日はそこに氷のイスに座ったチルノが加わっている。

スコーンの食べかすが口の周りとテーブルクロスを汚し、チルノはそのまま寝てしまっている。

「マナーに厳しいあなたらしくないわ。」

レミィの横に腰掛け、小声で言う。

チルノが少し身動ぎしたが、眠りを妨げたわけじゃなさそうだ。

「ふふ、マナーは心と生活を豊かにするためだけのものでしょ?押し付けるものじゃないわ。」

いつもより少しだけ小声で、どことなく楽しそうに答える。

まあ、確かにチルノに教えた所で何かがかわるとは思えない。

普段ならあまり会わないし、食事マナーなど妖精には無用の長物だろう。 「今日の給仕が美鈴なのは?」

美鈴が差し出したミルクティーを受け取り、一口飲む。

芳香なアールグレイに濃厚なミルクが混じり、口の中に広がる。

「紅い霧が空に満ち、吸血鬼が人に打ち破られたという記念すべく今日という日のお茶会に、人は必要ないでしょう?」

その自嘲気味な言い方が悲しい。

「負けてあげる必要はなかったでしょう?」

あなたには敗者の側にならないだけの能力と、支配者の素質があるのだから。

「人と妖怪が作ったごっこ遊び。その可能性を示す必要はあったでしょう?」

ああ、なにもあなたがそんなことする必要なかったでしょうに。

「所詮はエゴの塊と、本能の塊が作ったものよ?」

妖怪と人間。

所詮、そんなもの。

永遠に手を取り合うなんて出来ない。

必ずどこかで破綻する。

そのとき消されてしまうのは私たち妖怪なのに。

「未来が、結果がわかっていても、やらなくてはならないことってあるでしょう?」

ああ、まさしくエゴ!

あなたの負けを知ってどれほどの妖怪が悲しむでしょう?

どれほどの人間が喜ぶでしょう?

それがわかっていながらあなたは行う。

「あなたは王でしょう?」

王足る権利を持つからこそ、

「だからこそよ。」

それ故の義務を課せられて、幼き王は嗤う。

「で、私にはナイトティーのお誘いだけ?」

ああ、この記憶を夢現とするために。

「まさか!」

レミィが指を鳴らすと、美鈴がチーズとワイングラスを用意する。

グラスに注がれるのは赤い紅い液体。

「今日という日が分かれ道」

何の、などとは聞かない。

知識ではどうにもならないことだろうし、わからないだろう。

それが、レミィと私の差。

「だから、今日はあなたと酔いたいの、パチェ。」

でも、彼女は私を親友として欲する。 「今日を夢にするために?」

ならばグラスを掲げ、共に酔おう。

「明日に進むために。」

レミィとの別れ道を夢現とするために。



グラスを重ねる澄んだ音

ああ、美しい音色

月に映える綺麗な紅

確かにここに人は必要ない

人には惜しい、この音色

人には惜しい、紅色

己に無きものを求める人には必要ない

ここに在れるは人ならざる身だけ!





掲載 2009/04/14



感想はCoolierの投稿記事に書いていただけると嬉しいです。
もしくは↓のweb拍手を使用してください



戻る