「この道より、われを生かす道なし。この道を歩く。」
―武者小路実篤





彼女だから聞けたこと



作 S


朝、日が昇るよりも早く起き、朝食を済ませる。

館内の掃除を行っている内に日が昇り、窓からの光に館内が侵食されていく。

掃除が済むと、ティーセットの用意をしてからお嬢様を起こしにいく。

ドアを2度ノックし、部屋へと入る。

小さな小さな窓から差さる日の光がお嬢様のベッドにかかっている。

肌にかかってはいないものの、お嬢様は身動ぎ1つしない。

日光が、吸血鬼の致命的な弱点でない証拠といえるだろう。

日傘など差さなくても外出できそうですらある。

お嬢様を揺り起こし、着替えを手伝う。

今日は巫女の神社へと行く日。

妹様が察すると、とんでもないことになるから出来る限り早く用意をする。

朝食はホットサンド一切れに少量のサラダとミルク、最後に食後の紅茶。

妹様と比べると随分と少食だ。

偶に一緒に食べられるパチュリー様よりも少ないかも知れない。

「マリーゴールドは枯れているかしら?」

食事を済ませ、血入りの紅茶を啜るお嬢様。

マリーゴールドはおそらく神社のだろう。

「もう咲き頃は過ぎましたからね。」

マリーゴールドは太陽と風に恵まれている間しか咲かない。

もう、ヒマワリの季節だ。

春に咲いたマリーゴールドは枯れてしまっているだろう。

「咲夜はマリーゴールドの話を知っている?」

マリーゴールド。

匂いが強く、可憐な花。

「ユダの花の話ですか?」

「宗教論は好みじゃないわ。」

さて、マリーゴールドの話で知っているものは他にない。

「では、存じませんわ。」

少し素っ気無い態度を取ってみると、お嬢様に笑われてしまった。

コロコロと笑うその様はまるでチェシャ猫の様。

「太陽の神様に恋した少女の話よ。」

太陽。

たしかにマリーゴールドの花は暖かな光を地に注ぐ太陽の様。

「喜劇ですか?」

「そうね・・・喜劇か悲劇か、それはあなたにしかわからない。」

そう言われたら聞かざるをえない。

本当にずるい方。

「お聞かせください。」

「ええ」



ある村に若く、純粋で、無垢な美しい少女がいたの。

年の頃は十五を数え、友人達は色恋話に花を咲かせていたわ。

当然、少女も恋をするようになる。

ただ、少女が恋したのは同齢の逞しい少年でも、

年上の賢しき男性でも、

年下の心優しい少年でもなかったわ。

少女が恋したのは太陽。

雄々しく、熱く燃える太陽の神。

太陽に焦がれた少女は毎日のように思いを馳せる。

そんな日々を繰り返していたある日の正午。

少女の身体が光に包まれ消え去り、後に残されたのは黄色く可憐なマリーゴールドの花。



「そんな話よ。」

それは喜劇か悲劇か?

私にはとんと見当がつかない。

「咲夜、私は知りたいわ。」

私は何も言わず、言葉の続きを待つ。

ぬるくなった紅茶を淹れなおしたのが無言の相槌。

「少女がいなくなったとき、残された人はどう思ったのかしら?」

私は何も言わない。

聞こえるのはお嬢様が紅茶を飲む音だけ。

「悲しんで絶望しただろうか?少女の成願を喜んだだろうか?少女を奪い去った太陽を憎んだだろうか?」

考えてみる。

少女がお嬢様だったら―

私の知るお嬢様が居なくなったら―悲しむだろう

お嬢様の願いが叶ったら―この上なく喜ぶだろう

お嬢様を誰かに奪われたら―憎み、復讐するだろう

全て当たっているようで、なんだか違う。

多分、答えはない。

居なくなっても、願いが叶っても、奪われても、1つの感情だけでは言い表せない。

あらゆる感情が混じる。

それが正解だろう。

「ティータイムもそろそろ終わりね。」

考えがまとまったところでのお嬢様の言葉。

まるで答えを遮るかのよう。



神社からの帰り道。

お嬢様の手には枯れ果てたマリーゴールド。

優しく、崩れ落ちないように手で包み、歩かれる。

私はそんなお嬢様に日傘を差し、共に歩く。

「咲夜、神社になぜスギの木が生えていたのかしら?」

「なぜ、と言われましても・・・前から生えていたと思いますが?」

イトスギ。

館のドアの原材料。

きっと神社の修理時に使われるのだろう。

自給自足。

素晴らしいことだ。

「そうだったかしら?覚えてないわ。」

珍しいことだ。

まあ、ヒノキやマツなんかが多くてスギは少なかったから印象に残らなかったのだろう。

「ねえ、咲夜?もしも、咲夜が私を殺したらどうする?」

いきなり何を言うのだろうか?

「そんなこと、できませんよ。」

「もしもの話よ。そうね・・・もしも、咲夜が転んで日傘がはずれて、私が日光を浴びて蒸発する。もしも、そんなことが起きたらどうする?」

コロコロと笑うお嬢様。

この様を見るにただのジョークだろう。

私の能力もあるし、そもそも、日光や流水は嫌ってはいても、致命的な弱点ではないはずだ。

「悲しみに暮れ、泣きながらそのまま死んでいくと思いますわ。」

「あら、瀟洒なメイドらしくないわね?」

「お嬢様のメイドだからこそ、瀟洒なのですわ。」

「ふふ、そういう事を言われるとなんだかむず痒いわね。」

道をゆっくりと歩きながら交わす軽口。

この日常こそが私の生きる糧。

「お嬢様、夕飯は何に致しましょう?」

「そうね〜今日はなんだかたくさん食べれそうだから、パスタがいいわ。ナポリタンかカルボナーラ。」

「では、今日は作り甲斐がありますね。10人前でも20人前でも作りましょう!」

「あら、そんなに食べたら明日には小ブタになってしまうわね。」

お嬢様の笑い声。

この声だけでやる気が沸いてくる。

ああ、私が死ぬまでこの時が続きますように―





掲載 2009/04/14



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