「幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である」
―Фёдор Михайлович Достоевский





彼女が聞けること



作 S


青く澄み渡った空、太陽の柔らかな光を浴びながら境内のゴミを掃く。

異変が起きない限りは私のやることなんてたいしてない。

こうして境内のゴミを掃き、縁側でお茶でも飲む。その時々に応じてやってくる人間や妖怪の相手をし、時に宴会をやる。そうして一日が過ぎていく。

そんなものだ。



掃き掃除が終わって、お茶を入れ始めた頃、足音が二つ重なるように聞こえてきた。

紅魔異変以降、随分と聞きなれたものになっているその足音をいまさら間違うはずがない。

偶にはお茶を淹れておいてあげようかしら?

でも、それで毎日のように入り浸られるようになったら堪ったものじゃない。

結局、私は自分のだけ淹れて縁側へと向かった。

縁側に出ると、既にレミリアと咲夜がいた。

レミリアは日傘をゆっくりと回しながら花を眺めている。

あの花はなんだっただろう?

そうだ。あれはマリーゴールドだ。

この前、なぜか幽香がくれたんだった。

私は匂いがきつくてあまり好きになれなかったが、レミリアは好きなのだろうか?

私が何も言わないのをどう捕らえたのか、咲夜がレミリアに声を掛ける。

レミリアは咲夜の言葉に優雅に頷くと華麗にこちらを振り向いた。

ただ、それだけのことなのになぜか儚いという想いが私の胸に生まれた。

なぜなのだろう?

レミリアは私の思いなど気付いていないかのようにいつものように振舞った。

咲夜が私にお茶菓子を渡し、お茶を淹れてくるのをいつものようにおもしろそうにみていた。

ただ、その姿がどことなく寂しそうに見えたのはなぜだろう?

レミリアは世間話をした後、夕方頃になると帰っていった。

私はレミリアに何も聞けなかった。



2ヶ月が過ぎた。

レミリアがいつも見ていたマリーゴールドも、今や枯れ果て見る影もなくなってしまっている。

縁側でお茶を啜っていると、レミリアと咲夜の足音が聞こえてきた。

2週間ぶりだ。

枯れ果てたマリーゴールドをみて、レミリアはどう思うだろうか?

気になった私は、一度台所へと向かった。

お茶を淹れなおし、縁側へと向かう。

予想通り、二人は着いていた。

レミリアは日傘を片手にスギの木を見ている。

マリーゴールドの花は無くなっていた。

いくら枯れていたとはいえ、まだ花がついていたはずだ。

どうしたのだろう?

レミリアがこちらを振り向いた。手にはマリーゴールドの花と日傘がある。

あの日から、日に日に儚さは増していたが、今日は格段に違った。

儚いどころじゃない。触ったら朽ち果ててしまいそうだ。

レミリアは少しだけ笑うと、いつものように咲夜に指示した。

咲夜がお茶を持ってくる。

レミリアはいつものように微笑んでいたが、その目はどことなく虚ろだ。

なにが彼女をそうさせているのだろう?

レミリアは誇り高き悪魔だ。

たしかに夜の王の名を名乗れるだけの力も知性も兼ね備えている。なにより、だれにも屈さないだけの矜持が彼女の中には存在している。

それが崩れている。なにから崩れたのかはわからない。

ただ、今の彼女は張りぼての王だろう。

ふと、彼女に出会った時のことを考える。

紅魔異変。

あの時から崩れ始めてはいなかっただろうか?

あの時が初対面ではあったが、途方もない威圧感を感じさせられた。

そして、王の名に相応しいだけの力を見せられた。

だけど、私は勝てた。

なぜだ?

レミリアは運命を操る程度の能力があると言った。その言葉に嘘はないとわかる。

そして、あの時レミリアは私を「本気で殺す」と言った。

王足る力、運命を操る程度の能力。

その2つを使って戦ったのであれば、私が勝てるわけない。

ではなぜ勝てたのか?

彼女が本気じゃなかった、もしくは負けるように運命を操作したのではないだろうか?

そういえば、レミリアにはあらゆるものを破壊する程度の能力を持つフランドールがいる。

あの子が運命を破壊したのだろうか?

ああ、考えればキリがない。

私は勝った。

それでいいじゃないか。

いまさらそんなことを聞くより、新しい疑問を聞いたほうがマシだ。

私はレミリアにマリーゴールドとスギについて聞いた。

「そうね。フランがこうなってくれると嬉しいから、マリーゴールドは好きだわ。スギもね。」

どうやらレミリアにとっての一番はフランの健康みたい。それとも魔理沙との友情かしら?

時間がゆっくりと過ぎていく。

空が赤みを帯び始めると同時にレミリアは帰り支度を始めた。

レミリアが階段を降りる前、私はフランドールを地下からだして後悔していないか聞いた。

なぜかはわからない。

きっと、私の直感が何かを感じたんだろう。

レミリアは、ただ微笑みを浮かべただけだった。

私は、もうレミリアに会えないだろうということを直感で知った。

二人の足音が完全に聞こえなくなると、私はスギの木に背を凭れて泣き出した。





掲載 2009/03/28



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