「誰も称賛してくれる者がいなくても自分のことは自身で称えよ。」
―Richard Francis Burton
彼女だから感じたこと
作 S
日が昇り、月が昇り、また月が昇る
闇の子や氷精と遊ぶ日
白黒の弾幕ごっこに付き合う日
フランドール様と遊ぶ日
お嬢様に給仕をする日
昼寝をして怒られる日
門番となってから、どれくらいが経っただろう?
何度日が昇っただろう?
何度月が昇っただろう?
何日、お嬢様に会えない日があっただろう?
「美鈴」
湯呑みを持って部屋を出たところで声を掛けられた。
相手は愛しきお嬢様。
私は身を反し、お嬢様に向き合う。
「魔理沙はどこ?」
「地下室のほうに行きましたよ」
そう告げると、なんだか難しそうな顔になった。
何か不味いことを言ったかな?
「美鈴、魔理沙を帰してあげなさい。誰にも会わせずに、本人にも気付かせないようにね」
何だか変な命令だなあ。
理由もわからない。
「わかりました。」
それでも私は言われたようにやる。
私はお嬢様の娘で、従者で、騎士だから。
急いで地下室に向かうと、白黒は扉の前で止まっていた。
扉の開け方がわからないのかと思ったが、何度も来ているのにそれは無いだろう。
もしかして、何か悩んでいるのだろうか?
まあ、何にせよ私には好都合だ。
気配を消して白黒に近付き、一撃で気絶させる。
フランドール様に気付かれないように白黒の体を支え、地下から出る。
そのはずだった。
「魔理沙?」
心臓が大きく跳ね上がる。
扉の向こう側、フランドール様の声。
フランドール様はどうやら白黒に気付いていたらしい。
「フランドール様、美鈴です。紅美鈴です」
誤魔化せるだろうか?
「・・・美鈴?もうご飯だったかしら、それともお茶?」
ああ、よかった。
誤魔化せたみたいだ。
このまま白黒から意識を逸らせれば・・・
「いいえ、久しぶりにチェスでもどうかと思いまして・・・」
言葉を発しながら移動し、白黒を扉を開けても見えないところに寝かせる。
断られると思うが、万が一やることになったとき白黒を抱いていたら何が起こるやら・・・
気絶から覚めるかもしれないが、今日2度目の気絶だ。
長引いてくれると信じよう。
遅くなればお嬢様が様子を見に来るかもしれないし、フランドール様相手に背中を見せて逃げるより穏便に済む可能性大だ。
「いいわよ。ちょうどチェスの事を考えていたの」
了承の返事を聞き、ドアを開けて中に入る。
ベッド、お嬢様の人形、本棚、玩具箱
白い洒落たテーブルに、やりかけのチェス
「どなたかと為さっていたのですか?」
昨日の食事の時にはチェス盤がなかった。
メイドの遺体もない。
お嬢様かパチュリー様だろうか?
でも、お嬢様にはさっきお会いしたし、パチュリー様がチェスのためにここまで来るとも考えられない。
「お姉様と、ね」
お姉様。
ああ、成程。
お嬢様に勝てるようにイメージトレーニングをしていたということか。
「勝てそうですか?」
チェス盤の内容を見てみると、あらかた勝負はついていた。
黒のキングはあと一手で詰み。
「お姉さまには黒でも勝てないわ」
フランドール様が黒の駒を並べ直す。
それをみて、私も白の駒を並べる。
並べ終わってフランドール様をみると、人形を胸に抱いていた。
駒を動かしていく。
私は左から、フランドール様は中央突破を狙うようだ。
「あいつはどうしてる?」
黒のナイトが白のポーンを蹴散らす。
あいつ。
お嬢様のことだろう。
お嬢様があまり出かけなくなってからそう言うようになった。
何か、フランドール様が気に入らないところがあるのだろう。
だが、いくらフランドール様でもお嬢様をあいつ呼ばわりするのは気分がよくない。
「最近は読書をなさっていらっしゃいます」
白のルークで黒のナイトを捕らえる。
このままではジリ貧になってしまう。
「そっか・・・お姉様はどうしちゃったんだろう?」
黒のルークが攻め入ってくる。
フランドール様の問いには答えない。
誰もお嬢様を説明できるものは居ないのだ。
白のナイトが、ルークが、クイーンが、徐々に黒の駒に捕らえられていく
「チェックメイト」
フランドール様が黒のクイーンから指を離す。
もう、白のキングに道はない。
「参りました」
完敗だ。
フランドール様に再び勝てる日は来るのだろうか?
「美鈴、あなたはどれかしら?」
フランドール様が白のキングを弄ぶ。
キングとクイーンは違うだろう。
ビショップも違う。
ポーン、ナイト、ルーク。
門番という意味で一番近いのはルークだろうか?
「ルークだと思います」
「ルーク、ね」
フランドール様が何か考えるように黙る。
こういうとき、下手に口出しすると酷い目に遭う。
早々に部屋を退散するのが吉だ。
「失礼致します」
扉を開け、外に出る。
「美鈴、私はポーンだと思うよ」
後ろから掛かる声。
振り向くとフランドール様は私を見ていない。
見ているのは白のキング。
ポーン。
ただの歩兵。
そうなのかもしれない。
「そう、ですか」
ドアを閉める。
白黒はまだ覚めていない。
肩に担ぎ、魔理沙の家へと急いで向かう。
急いでいたから、というのもあるかもしれないが、道中誰にも会わなかった。
私がポーンだからだろうか?
ルークなら、ナイトなら誰かに会ったのだろうか?
まあ、お嬢様の命は誰にも悟られずにということだったから、ポーンでよかったのだろう。
白黒をドアの前に降ろし、軽く肩を叩きながら起こす。
「魔理沙さん、魔理沙さん」
ゆっくりと目が開き、周りを見渡す。
「あれ?私はフランの部屋に・・・」
いい具合に記憶が飛んでいるようだ。
「階段のところで倒れたんですよ。どうも、疲労が溜まっているようです。2・3日はゆっくり休んだほうがいいですよ」
嘘を吹き込む。
「・・・そっか。わかった。確かに疲れてるし、今日はもう休むよ」
これでいいだろう。
お嬢様の命には十分に添えたはずだ。
「それでは」
身を反し、帰路につく。
早くお嬢様に報告しなくては。
「美鈴」
白黒から呼ばれる。
一応、白黒の方に体を向ける。
「その・・・ありがとよ」
照れ臭そうにお礼を言う。
騙されている相手にお礼を言う。
傍から見れば非常に滑稽だろう。
「はい!」
少しだけ大きな声と、笑顔で答える。
そして、今度こそ帰路についた。
門のところまでくると、氷精とお嬢様が話しをしていた。
「こんにちは、チルノちゃん」
「あ、美鈴!あたい、今から大ちゃんのところに行ってくるから、じゃあね!」
挨拶をすると氷精は騒がしく去って行った。
別に避けられたわけじゃないが、ちょっと悲しい。
「美鈴、ちゃんと魔理沙は届けてきた?」
チルノを目で追っていると、お嬢様から声を掛けられた。
「あ、はい。ちゃんと届けてきました」
お嬢様をみると、右手には日傘を、左手には氷漬けにされたカエルを持っていた。
「お嬢様、それは・・・」
「ああ、あの子から渡されたのよ。どうやって遊べばいいのかしらね?」
お嬢様の困った顔をみて、少しだけ笑みがこぼれる。
「お嬢様、それはですね・・・」
お嬢様に遊び方を教える。
これは他の誰にも真似できない。
私だけが出来ること。
私はお嬢様の娘で従者で騎士で。
誰も認めなくても、私が思う限りそれは変わらない。
私はそういう存在なんだ。
掲載 2009/04/14
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