「希望と怖れは切り離せない。希望のない怖れもなければ、怖れのない希望もない。」
―François VI, duc de La Rochefoucauld
彼女だから選べたこと
作 S
母の胎内から外界へと生み出されたとき、全ての理を得た。
全ての行く末を見れ、操れた。
私は生まれながらの支配者。
私の両足が大地を踏みしめたとき、至高の王として紅き満月と深き闇夜に祝福されていた。
紅き満月は雄々しく奮え、闇夜は全ての音を閉ざしていた。
全ては私が既知しているように動いていた。
己の足で地に立ち、動けるようになるまで3年。
その後は、手慰みに拾った赤毛の乳児を育てる。
それくらいしか楽しみはなかった。
次に面白いことが起きるのは400年以上も後。
そう既知していたので乳児を甘やかし、教育し、一つの芸術品に仕立て上げるのに時を使おうと考えた。
まだまだ乳児ではあるが、すでに美しい顔立ちをしているため、その資格は十二分にある。
それに、そうできるという既知からの確信がある。
乳児が起きている間はメイドと共に世話を行い、寝ている間はトランプやチェスといったゲームに興じた。
特にトランプが気に入った。
王、王妃、騎士、従僕。
手札次第でメイドに負けてしまう。
運の要素があまりにも強いこのゲームがとても楽しい。
<
5年
生まれてから5年はそうやって過ごした。
私は絶対の支配者であり、自信が生まれていた。
ある、月が一際輝いていた日。
自室で、ようやく四つん這いで動けるようになった乳児を抱きながら名前を考えていた。
そこに私付きのメイドがノックもせずに駆け込んきた。
赤い髪の人間で、紅と名乗っていた。
四十を越えていたが使用人としての教養は豊かであり、気に入っていた。
「お嬢様、御姉妹がお生まれになりました!」
「なに?!」
主への非礼をどうやって咎めようか考えていたのに、一気に吹き飛んでしまった。
ヴァンパイアは長寿であり、そういう欲はほとんどない。
だから子というのは大概一人であり、家中での醜い権力抗争とは無縁である。
双子ならばある種の諦めもできようが、年の離れた妹など権力抗争の種を党首自らくれたことになる。
同属からも俗物と蔑まれ、いいことなど無いに等しい。
なにより、私はこのことを知れなかった。
築き上げた自信が、崩れていくのを感じた。
「行くぞ!」
乳母の声、微かな血の匂い。
急いで母の部屋に行くと、紅の言葉が真実だと思い知らされた。
心の苛立ちは止められず、乱暴にドアを開けた。
慌ただしく動いていた乳母達の動きが止まる。
母が身体を起こし、私を見る。
「体調はどうです、お母様?」
母は何も答えない。
私の顔をみるのを嫌がるように目を逸らした。
よくわかっているじゃないか。
自分の犯した行動を、今の私の感情を。
「それで、可愛い私の妹はどこに?」
わざと『可愛い』にアクセントをつける。
母が、ピクリと反応を示す。
どう捉えたのだろうか?
可愛がる―有り得ない
殺す―有り得る
幽閉する―有り得る
私はそのようなことはしないのに。
目だけを動かし、赤子を探す。
母の近くの乳母が、白いタオルで包んだ赤子を隠すように抱いていた。
乳母の中では最も若い。
まだ、十代であっただろう。
私は紅を見た。
紅が渋る彼女から赤子を優しく奪い取り、私の元へと連れて来た。
ふふ、お母様、そんなに私を見つめないでよ。
嬉しくって思わず手を出してしまうかもしれないでしょう?
私が見やすいように、紅が腰を屈める。
少しだけ生えた髪の色は金。
肌の色は私のようにうっすらと青く見える白ではなく、ほの赤い白だ。
多くのものは冷たさより暖かさを好む。
きっと、私よりも美しく育つことだろう。
美人ということは、それだけで好まれる要素だ。
私とこの妹の仲が良かろうが、悪かろうが、将来、家督争いが起きることがほぼ確定した。
ああ、まったく忌々しい。
この子は私の敵となるのに、なぜ好いてしまうのだろう?
守りたくなってしまうのだろう?
翌日から、全てが変化した。
母が私と会うことを拒むようになった。
家臣が私を避けるようになった。
メイドが紅を蔑むようになった。
どうやら望まれた存在は妹のようだ。
ならば、私は弑される前に逃げなくてはならない。
幸いなことに、私の能力は妹さえ関わらなければ、今まで通りに使えた。
夜は館を抜け出して新居のための土地か空城を探し、朝は読書、昼は睡眠に当てた。
館の者達に距離を置かれているおかげで、知られることなく自由に行動できた。
3ヶ月目の夜、ようやく私は新居たるに相応しい城を見つけた。
人里から離れた山中、外壁は緑に覆われていたが、十分に素晴らしい城だ。
スカーレットの居城より幾らか小さいが、住む人数も少ないのだから問題ない。
むしろ、全てから忘れられて暮らさなくてはならないのだから、小さく目立たないのは好都合だろう。
最上階の窓から入り、館内を散策すると、かの名高きブラドの刻印を見つけた。
ドラクルとドラキュラは戦に明け暮れていたのだし、一世が残したものとみていいだろう。
「ツェペシュ、か」
ツェペシ―串刺公
スカーレットに捨てられるのだから、名乗ってもいいだろうか?
レミリア・ツェペシュ。
ダメだ。語呂が悪い。
異名のようなものなのだから、ブラド三世に倣って“ツェペシュの末裔”にしよう。
見回ったところ、ホコリが酷いがそのまま使えそうだ。
人里へと出向き、眠っている農家の少女を2人攫ってくる。
玄関に2人を寝かせて、館から2人分の朝食と昼食を持ってくる。
少し明るくなってきたところで目を覚ましたので、食事を渡し、城内の掃除をするように言いつける。
もう少し詳しく説明してやりたかったが、朝食を運ぶメイドに怪しまれるわけにはいかないので館へと戻った。
その後、更に8人の少女を城に加え、紅にメイドとしての教育を行わせた。
1ヵ月後には私物と、五年分の食料の移動が完了した。
紅と新しいメイド達が共同して城内に作っている作物もある。
食糧問題とは、当分縁がないだろう。
私は自ら立てるようになった女児を連れて城へと移住した。
五年と半年。
たったそれだけしか過ごしていないのに、離れるのには寂しさを感じた。
城で生活を始めて1年。
メイド達は今の生活に満足しているようだ。
紅と共に紅美鈴と名付けた女児はおかしな速さで成長し、既に私の背を越えてしまった。
自分よりも大きなものにお母さんと呼ばれるのは、なんとなく微妙な気分なので、お嬢様と呼ぶように教育し、ついでにメイドの仕事を教わるように言いつけた。
60年もすれば、城に住むのは私と美鈴だけである。
そのとき、どちらも使用人の細やかな仕事を知らないのではどうしようもない。
この城と共に全てから忘れられ、ゆっくりと寿命が尽きるのを待つ。
それはどんなに素晴らしいことだろう?
満月の夜、食事のために館の近くの人里を訪れた。
民家を物色して回るが、少女や赤子が1人も居ない。
城の者には手を出したくないし、別の村を訪れるのも面倒だ。
仕方ないので館の者を襲うことにしよう。
母はなかなかの美食家で、メイドも粒ぞろいだ。
さっさと済ませれば見つかる心配もないだろう。
館に近付くにつれ、腐臭と、カラスや名も知れぬ蟲の姿が多くなっていく。
門の前には串刺しにされた少女が、メイドが、赤子が、家臣がいた。
カラスが肉を啄ばみ、蟲が肢体を覆う。
あの母にこのようなことができたのか!
少しだけ、母のことを見直した。
門から館内へと入り、母の寝室へと向かう。
久しぶりに母の顔を見てみよう。
弱気な町娘にしか見えなかった母の顔が今なら悪魔の顔として見れるはずだ。
そうなれば、私は母を、この血を誇ることが出来る。
ドアからそっと中を覗く。
失望と軽蔑を覚えた。
母は父を求めていただけだった。
ああ、やはり母はただ愚かなだけであった。
ヴァンパイアでありながら人を愛した。
愛した人が居なくなり、ただ暴れている。
なんと愚かなことか!
他種族を愛する。
それだけで後の不幸が決まってしまうのは目に見えているではないか!
愚かな母
人に近付きすぎた母
母がいくら騒いだところで誰も来ない。
館には、もう母と娘しか居ないのだろう。
館内を探し回り、妹を見つけた。
あまり元気がよさそうには見えない。
妹が寝かされているベッドごと持ち、館を出る。
食事は、明日別の村で行おう。
城へと急いで帰り、紅を居室へと呼んだ。
美鈴だけでは心許無いし、私は何も出来ない。
紅が来ると、妹の世話を任せた。
紅は、すぐにお湯を沸かしに行き、美鈴は妹を抱いて紅についていった。
私は部屋に残り、妹のベッドを見ていた。
枠木に彫ってある名前はFlandle。
水に埋もれろということか?
私たちにはさぞや苦行な事だろう。
母も、なかなか良い趣味を持っていたようだ。
紅と美鈴、フランが部屋に戻ってきたところで、2人を休ませる。
ミルクも血液も用意していないため食事はない。
そのため、フランのために出来ることなどもうない。
私も、今日は早めに休みたい。
母のあのような姿を見たのだ。今日はもう何もする気が起きない。
朝、忌々しいまでの日光が私を起こした。
いつもなら木々が光を遮るというのにどうしたことか?
美鈴に聞いてみると、木々がなくなり、湖が周りを囲んでいるらしい。
俄かには信じられないが、今の状況が真実であることを伝えている。
夜から早朝にかけての数時間の内に、城は移動したのだろう。
目下の問題は、敵がどれだけいるかである。
戦えるものは私一人。
美鈴には戦や格闘の書物を読ませているし、訓練もやらせているが、実践でどの程度行えるかわからない。
紅やメイドたちは城で準備くらいなら行えるが、戦力としては計算できない。
人間であれば不覚などとろうはずもないが、それ以外の存在であればどうなるかわからない。
ワーウルフや半魚人程度ならどうとでもできるが、モロイイやストリゴイカクラスが徒党を組んで襲ってくれば手を焼くことになるだろう。
赤髪には注意しないといけない。
1日目は妖精がやってきただけだった。
妖精は別に好戦的な性格でもないし、殺せない。
適度にあしらう為に、城の外でお茶会を開いた。
妖精たちのリーダー格、チルノと大妖精は満足して帰っていった。
食料の消費が少し増えるだろうが、妖精を敵に回すよりは格段にましだ。
夜、食事を捕らえに城を出た。
妖精から流れる話を聞いて、今夜は攻撃を控えるだろう。
食事を捕らえるなら、今がチャンスなのだ。
森の上を飛んでいると、若い婦女が3人森の中を歩いているのが見えた。
母と娘なのだろう。
身を寄せ合って帰路を急いでいる。
私は3人を襲った。
娘2人を両手に持ち、この母をどうするか考える。
持てないし、食事としてもいらないのだ。
しかし、そのまま置き去りにするのもどうか?
「あなたは食べても良い人類?」
後ろから声を掛けられ、振り向いた。
金色の髪、黒いワンピースの少女である。
それなりに力を持っているようだ。
「私は人類じゃないわ」
「うそ。助けてるじゃない」
少女が私を指差す。
どうも敬うことを知らないようだ。
「家でじっくり食べようと思ってね。なんなら、これをあげましょうか?」
「え?」
少女の顔が明るくなる。
この婦人一人で機嫌がとれるなら安いものだ。
婦人を少女のほうへと蹴りやる。
「ありがとう!えっと・・・」
婦人を拾い上げてから、少女がどもる。
そういえば、お互いに名前を名乗っていなかった。
「レミリア。私の名前はレミリアよ。あなたは?」
「私はルーミア。ありがとね、レミリア」
言い終わると同時にルーミアの体から闇が噴き出し、あっという間にその身体を包み込んでしまった。急いで城へ戻ると、いくつか見慣れぬ死体が転がっていた。
聞くと、出かけている間に起きた襲撃を美鈴が退けたらしい。
ワーウルフ程度なら任せられそうだ。
1人をフラン用に与え、1人を自らの食事にする。
襲撃があったということは、明日からもどうなるかわからない。
2人は食事兼メイドとしておくのがいいだろう。
メイドたちには休みを与えたが、私と美鈴は警戒のために庭でお茶をする。
せめて、あと1人戦えるのがいれば交代で休めるのだけれど・・・
夜明けまで何度か襲撃があったが、全て退けた。
2日目、妖精たちとルーミアが城へと遊びにやってきた。
ルーミアがメイドを襲うのをとめるのに苦労したが、なんとか宥めた。
お茶をしている間、情報収集に努め、妖精たちとルーミアが帰ると全員に把握した状況を伝えた。
能力が使いづらい今はこうするしかない。
あの子達の話からすると、ここは幻想郷。
妖怪と人間が共存する地。
私たちが住んでいた世界から隔離された世界。
向こうとここは結界で隔たれ、行き来するのは難しい。
そして、幻想郷の賢者、八雲紫。
いづれはここにやってくるだろうが、調べておかなくてはならない存在だ。
深夜、昨日と同じように庭でお茶をしていると、八雲紫が現れた。
何もないところから突如として現れるとは、とんでもない能力の持ち主なのだろう。
流石は賢者と呼ばれる妖怪だ。
「お茶会の招待状なんて出していないはずだけれど?」
動揺を悟られぬよう、注意する。
美鈴が面白いように慌てているぶん、より冷静に見えるだろう。
「私もあなたをここに招待したつもりはないわよ」
促してもいないのに、賢者は美鈴用のイスに座り、紅茶を要求した。
まったく、ここはマナーを知らないものばかりなのだろうか?
「でしょうね」
美鈴にカモミールティーを注がせる。
あまり剣呑な空気は作りたくない。
「で、用件はなにかしら?」
カモミールティーを飲んだのを確認してから、やんわりと尋ねる。
正直、こいつはあまり好きになれない。
「簡単よ。あまり動かないで欲しいの」
ゆったりとした笑顔で私を見る。
ほら、なにその余裕そうな顔は?
私なんかどうにでもできると?
自信をもつのはいいことでしょうけど、そういう態度は嫌われるぞ。
「別に私から動く気なんてないわ。守るため、生きるためにしか動かない」
「ここはもう襲わせないわ。だから、これ以上殺さないでくれる?」
「今まで好きにさせていたのに?」
「外来種は怖いのよ。生態系を壊しちゃう」
肩を竦めて、笑顔を絶やさずにこいつは言う。
あらあら、私なんか要らないと?
数年で2つの世界から切り捨てられるなんて思わなかったわ。
「何を勝手な―」
ああ美鈴、そんなに怒ってはいけないわ。
「やめなさい、美鈴」
「ですが・・・」
「私は気にしないわ」
「・・・はい」
クスクスとこいつの口から苦笑が聞こえる。
ああ、本当に嫌な笑い方。
なんて腹が立つんだろう。
「襲わないなら、殺さないわ。でも、食事は必要よ」
「私が一定量を供給してあげる。それでは駄目かしら?」
「乙女しか要らないわ」
「ええ、わかったわ。」
どこかからペンと紙を取り出し、今までの事項を書いていく。
契約書か。サインが必要だろう。
美鈴にペンと印を持ってこさせる。
「このペンで書けばいいのに」
くるくるとペンを回す。
ああ、本当にいらいらする女!
「嫌」
走って取ってきた美鈴を労う。
八雲紫のサインの横にRemilia Scarletと記し、ブラドとスカーレットを混ぜた印をその上に押す。
「ブラドの末裔?」
流石にこの印には驚いたようだ。
少しだけ、愉快な気持ちになる。
「いいえ、ツェペシュの末裔よ」
「そう」
どこかへと繋がる空間を開く。
もう帰るのだろう。せいせいする。
「さようなら、スキマ妖怪」
「さようなら、可愛い吸血鬼」
姿が消え、スキマが消えた。
それからの400年はゆっくりとした時間が流れた。
紅が死に、メイドが死に
メイドを増やし、妖精をメイドに雇い
フランが成長し、美鈴が美しくなり
フランの能力がわかり、私の能力が少しだけ戻り
美鈴が門番を勤めるようになった。
ただ、それだけの平和な時間。
だけど、私にはなによりもかけがえのない時間。
400歳を越えて、この城は紅魔館と称されるようになった。
それほど、身体は変化していない。
当然だろう。
男などと交わる気がない。
私は血など残したくない。
成熟した身体など無用だ。
無用だと心も身体も否定していれば、成長は自ずと止まる。
100年、200年、300年
まだ成長しているフランは、次第に私を不思議に思うだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
王は私なのだ。
気にすることはない。
月が顔を出した頃に起き、食事を採りにいく。
少量のサラダと紅茶を飲み、食事を終える。
向かいではフランがオムレツにベーコンにトーストとサラダを食べている。
夜も早くから健啖なものだ。
将来は美鈴すら翳むほどの美人となることだろう。
いくつかの事項を確認し、図書室へと向かう。
おびただしい数の本があるが、3分の2は魔道書だ。
人でも魔女でもない私には無価値なものである。
残りは医学、薬学、神学、文学など様々な種類のものであり、この400年近くでその半分は読み終わった。
気に入ったものは写書し、自室か、専用の書斎に置いてある。
図書室へ入ると、泥と埃にまみれたものが魔道書を漁っていた。
おそらくは私が待っていた少女であろうが、この惨状は如何ともし難い。
「あなた」
声をかけると、ビクッとこちらを向き杖を構えて臨戦態勢をとった。
「落ち着いて。私はあなたの敵じゃないわ」
「誰?」
彼女は些かも警戒を解こうとしない。
まあ、泥棒の真似事をやってみつかったのだから、そうなるのも仕方ないことか。
「私はレミリア・スカーレット。この城の主よ」
「主?」
警戒は解かれず、真偽を量るように私を見る。
まあ、私のような幼い主とは思わなかったのだろう。
信じられないのもわかる。
「とりあえず、落ち着ける場所で話そう。ああ、その前にシャワーを浴びてきてもらわないとな。メイドに案内させよう」
メイドを呼び、指示を出してから広間へと移動する。
広間で、美鈴にお茶の準備を任せる。
今日は珍しく、ローズジャムが用意された。
誇り高さを感じさせる香りが素晴らしい。
スコーンに使っても面白いが、ロシアンティーに使ってもいいだろう。
逃がしてもいいといっておいたが、私の親友となる少女だ。必ずここに来る。
少女を待つ間、紅茶を飲みながら本を読む。
ドアがノックされ、美鈴がドアを開けると、メイドに連れられた少女が中へと入ってきた。
少女を席に着かせてから、メイドを下がらせる。
「お名前を伺ってもよろしいかしら、小さな魔女さん?」
「・・・パチュリー・ノーレッジ」
パチュリーは出された紅茶には目もくれず、私を睨みつけている。
私はあえてその視線に気付かないふりをし、質問を続ける。
「図書室にいたのはなぜ?」
「知識を求めて」
知識を求める。
魔女として、それは当然のことだろう。
「どうやって中に?」
「わからない。気付いたら、いつの間にかあそこに」
「帰り方はわかる?」
パチュリーが首を振る。
ここがどこかもわからないのだから、当然だろう。
「帰りたい?」
「・・・ええ」
私を睨んでいた目は、助けを求める目に変わっていた。
あのスキマ妖怪に頼めば帰れるのだろうが、あまり頼りたくない。
となると、自力で変える方法を見つけるのに協力するくらいが関の山か。
「図書館を貸してあげるわ。期限はあなたが帰るまで。ああ、それと衣食の世話くらいはできるわよ」
「いいの?」
「私は魔道書以外しか読まないからね。別に困らない」
「罪を与えず、助ける。悪魔はそうやって酷い契約を交わすものでしょう?なにが目的?」
再び私を睨む。
当然の懸念といえるだろう。
利用できるだけして逃げるということを考えないのは、いまだ幼いからか。
「なにも求められないのが不安?」
「ええ、悪魔との契約ですもの」
「なら、求めてあげる。求めるのはあなたが私の親友となること。それ以上の見返りはいらないわ」
パチュリーが意味がわからないといった顔をする。
「親友?」
「共犯者、共闘者、共有者・・・ずっとお互いの為に共にあれる存在のことよ」
「共にあれる・・・いいわ。その契約を交わしましょう。よろしく、レミリア」
そういって、私に微笑んでくる。
まだまだあどけなさの残る笑顔が可愛い。
「ええ、よろしくね、パチェ」
「パチェ?」
「親友って特別な存在だと思わない?だからね、少しだけ特別な呼び方をしてもいいと思うのよ」
なんだか呆れたような、楽しそうな、そんな顔をパチェがする。
「あなたみたいな悪魔、初めてだわ・・・改めてよろしく、レミィ」
何だか顔が熱くなってくる。
少しだけ、恥ずかしい。
パチェなんかクランベリーみたいに真っ赤っか。
「何だか照れるし、恥ずかしいわね、レミィ」
「お互い様よ、パチェ」
それから、50年。
『レミィ』『パチェ』
そんな呼び方にもなれて、パチェが賢者の石を作り出した頃。
フランがパチェにチェスを習っていた頃。
フランが壊した人間が100人を数えた。
いつものように読書をしながらティータイムを楽しんでいたら、館内に爆音が連続して鳴り響いた。
給仕を務めていたメイドが顔を青くする。
怖いのだろう。
今日はもう自室に控えるように伝え、フランの部屋へと向かう。
部屋にいたのはフランを抱える美鈴と、記念すべき100人目の死体。
「お嬢様・・・」
美鈴の表情はまるで悪戯が見つかった子供の様。
「部屋に戻るわ。ついて来なさい」
返事を待たず、部屋を出る。
私とフランの運命。
それが見れないなんて、なんて役に立たない能力だろう?
王なんかじゃない、ただの道化師だ。
フランをベッドに寝かせる美鈴。
イスに座り、それをみる私。
ふふ、どちらが姉らしいだろうか?
「お嬢様、やはりフランドール様は地下にお遣りになるのですか?」
縋るような目。
それは純粋な優しさ故だろう。
「当然よ。その為に牢を改装したんだもの」
「フランドール様も悪気があったわけでは・・・」
美鈴は尚もフランを庇おうとする。
なんて優しく、素直で、馬鹿な子なのかしら?
「それが問題なのよ。意識下で人を殺したのであれば喜びこそすれ、怒ることはないわ。フランが成長している証拠ですもの。でも、無意識下で能力を使って殺す。そんなことは誇り高き吸血鬼として許されることではないわ。そこらの思考能力を失った野良がやることよ。それに対する打開策が見つからない以上、フランを隔離して被害を無くすほかないわ」
いいながら、自らの詭弁に反吐が出る。
問題なのは、あの子の能力だ。
全てを壊せる程度の能力なんてものを手にしていたせいで、あの子は私達と違う世界、緊張を強いられてしまった。
自分が“目”を握ってしまえば壊れてしまう、そんな脆い世界。
幼きものにとって、大きく強固であるはずの世界が、小さく軟弱なものとして写ってしまったのだろう。
そして、そんな世界で壊さないように過ごさなくてはならない。
だから、おそらく自己防衛のために能力を無意識下に任せているのだ。
あの能力が無くなりでもしない限り、フランは変われない。
そして、フランが変わらず、能力があり続ける限り、私たちは死の危険に晒され続ける。
私が死から逃げたい。
ただ、それだけのためにフランは地下へと幽閉されるのだ。
「あの子を、弔ってきます」
美鈴が、諦めたような、沈んだ表情で部屋を出て行く。
何も言わず、ただ見送った。
イスに腰掛け、本を読む。
ただの神話、そのはずなのに私は木に、石に変身することを考えてしまう。
もしも私が変身するなら何になるだろう?
きっと・・・
視界の端で、フランが目を覚ましたのを捉える。
本を閉じ、フランと少し会話する。
ああ、やっぱりこの子は無意識だ。
狂っている、そう教えた。
間違ってはいない。
狂っていないと証明できない以上、私も、フランも狂っているのだ。
理解しようとしないフランを誘い出し、墓石へと赴く。
門には美鈴が帰ってきていた。
もう、骨の埋葬は終わったのだろう。
墓石の近くでルーミアが闇を発していた。
きっと、食事して眠くなったのだろう。
闇へと入り、ルーミアを探す。
名前を呼ぶと、返事と共にルーミアが現れた。
「メイドは美味しかった?」
「うん!柔らかくって、臭くなくって、とっても美味しかったよ!」
私の問いに屈託のない笑みでルーミアが答える。
よほど気に入っているのだろう。
「それは良かったわ。城のメイドは素晴らしいでしょう?」
「綺麗だし、優しいし、美味しいし・・・大好き!」
味を思い出しているのか、何処かを見ながら笑みを深める。
「ふふ、そうでしょうね。ところで、墓石を見たいの。悪いのだけれど、他のところで休んでくれないかしら?」
「は〜い」
応えると同時に闇がルーミアの中へと吸い込まれていく。
「じゃあね〜」
「ええ、またね」
元気よく去っていくルーミアに答え、墓石へと降り立つ。
同じように降りてきたフランに墓石の名前を読ませる。
読み進めていく内に動作が緩慢になり、やがて、小刻みに震えだした。
読み終わると、フランは私の胸へと飛び込んできた。
胸がフランの体温と涙で熱くなっていく。
狂っている
その言葉を、どこかで盗み聞きしているであろう天狗に聞こえるように言った。
そしてフランに地下室に入ることを了承させる。
狂っている、館から消える。
この2つからフランが狂っていて、どこかに監禁されているという話が出来上がるだろう。
天狗のことだから、噂として勝手に広げてしまうはずだ。
そうすることで、紅魔館は更に疎遠な存在となることができる。
フランを地下に監禁してから40年。
嬉しいことに自らの能力を意識的に使えるようになってきた。
世界を自らが全て把握できるほど小さくしたのが良かったのかもしれない。
心が安定してきたら、徐々に世界を広げてあげよう。
何れ、共に散歩できる日が来るかもしれない。
そのときには、お揃いの服と靴、それに日傘を持っていこう。
満月の夜、バルコニーで美鈴と共に初摘みのワインを楽しんでいると、テーブルの上に人が落ちてきた。
銀色の髪に無数の古い傷と新しい傷、ボロボロになった簡素な服をきた少女。
一言で言えば好奇心がを動かされたといったところだろう。
下敷きになったテーブルとグラス、皿、ボトルを片付け、少女を担ぎ上げる。
美鈴に少女を洗わせている間に、物置から少女にあう着替えを探す。
着替えを用意して広間で待っていると、耳を劈くような悲鳴が聞こえ、びしょ濡れの少女が私にくっついていた。
瞬間移動のような能力の持ち主だろうか?
おかげで私の服もびしょ濡れになってしまった。
タオルを持って入ってきた美鈴に少女を任せ、着替えをしに居室に向かう。
淡いピンクのドレスを赤と白でデザインされたドレスに着替え、広間へと戻る。
少女は用意した服へと着替え、ホットミルクを飲んでいた。
幼い頃に美鈴が来ていたメイド服だが、サイズはピッタリだった様だ。
「お嬢さん、こんばんは」
少女へ夜の挨拶をすると、口をつけていたコップを置いて私に抱きついてきた。
美鈴は苦笑している。
どうやら、美鈴は嫌われてしまったようである。
まあ、目が覚めたら体中が痛くて、しかも、裸で何かされていたのだから仕方ないだろう。
なんとか少女を宥め賺し、テーブルに着く。
宥めているうちに気付いたが、言葉は理解できるようだが、喋れないようだ。
とりあえず、教育を含め面倒をみてあげることにした。
メイドに仕事を、パチェに教育を、美鈴に護身術を教えさせた。
少女は天分に恵まれていたと言うほかないほどの速さで全てを正確に理解し、吸収していった。
時を止め、空間を操れるという人の身に余る能力も持っており、数年で館のメイドの統括を任せられるほどになった。
メイド長という役職に就いたことを記念し、十六夜咲夜という名を与えた。
同じ頃、天狗の一匹と交友を持つようになった。
射命丸文、やる気に溢れる天狗だ。
無論、狙いは情報の把握と操作だ。
真偽はともかくとして、天狗の元に集まる情報は幻想郷一といえる。
その情報を手に入れ、簡単な操作を出来る立場を得るのに、多少の出費と時間は惜しくない。
やがて、あのスキマと巫女が「スペルカード・ルール」などというものを開発したという情報を手に入れた。
もしもこれが上手くいけば、フランの危険性が減る。
だが、作ったのはスキマと人間だ。
レミリア・スカーレットとしての誇りを保つならば、利用することなど到底許されることではない。
しかし、フランのことを考えるならば、利用するべきだ。
最もフランから遠く、冷静に判断を下せるであろう文の意見を聞き、利用することを決めた。
どのようなものであれ、広めるのに必要なのは実績である。
紅い霧で幻想郷を包み、巫女が来るように仕向けた。
騒動好きな人間も来たが、実績が増えると考えれば嬉しい誤算だ。
チルノ、ルーミア、美鈴、パチェ、咲夜。
実績は確実に積み上げられた。
私の敗北がそこに加われば、実績は揺るがぬものとなり、人妖どちらにも広がるだろう。
ドアが開かれ、巫女がやってくる。
巫女は肩で息をするほど疲れているのに、平然とした態度をとる。
おもしろい。
バレバレの虚勢だけど、騙されてあげる。
だから、あなたも騙されて?
「こんなに月も紅いから本気で殺すわよ」
残った誇りを掻き集め、精一杯の演技。
人間にたった一回負けるくらい、耐えられるはず。
「楽しい夜になりそうね」
さあ、楽しみましょう?
この馬鹿な出来レースを。
「ごくろうさまね」
夜の庭でのティータイム。
チルノとルーミアにお茶を振舞っていたらスキマがやってきた。
「お前の為にやったわけじゃない」
「おお恐い怖い。怒らせると恐いから、さっさと用事を済ませましょうか」
ああ、やはり私を蔑むのは変わらない。
本当に、腹が立つヤツだ。
スキマがボトルを一本寄越す。
1806年もののフェランか。
意外といい趣味をしている。
「これは?」
「プレゼントよ。可愛い吸血鬼さん」
そういうと、スキマはさっさと帰っていった。
ぶつけてやろうかとも思ったが、ワインに罪はないし、もったいない。
ワインを開け、ルーミアとチルノに振舞った。
美鈴に命じ、パチェも連れてこさせる。
誇りを失った愚かな吸血鬼誕生の日だ。
酔うにはちょうどいいだろう。
私が出かけている間に、フランが暴れた。
どのように暴れたか、そんなことはわからないが、巫女と魔女がフランを抑えたらしい。
ある程度の強さがあるとはいえ、フランが人間を壊さなかった。
その事実だけで、踊ってしまいそうに嬉しくなった。
2人がフランを地下室から出せと言うので、館内を自由に動けるようにしてあげた。
なんせ、人を壊さないのだ。
それだけ自制することができるようになったということ。
多少の被害はあるだろうが、フランを当主に育て上げるにはいい機会だ。
人間に負けた、地下から出した、人間と仲良くなった、それだけでフランの心には私への不信感が強く起きてくるはずだ。
不信は偶像を引き起こし、私をそこへ当てはめるようになる。
あとは、フランが私を壊すまで待てばいい。
大丈夫。
いくらでも演技なんてできる。
王、王妃、騎士、従僕
そして、道化師
存在しなかった、いらなかった存在
私は道化師
仮初の役など、いくらでも演じれる
「ぎゃおー!」
「たーべちゃうぞー!」
ほら、大丈夫。
誇りなんて、とうの昔に失ったもの。
だから、フラン?
綺麗に、狂おしく壊してね。
忌まわしきあの母の様にさ―
掲載 2009/04/14
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